翻訳と辞書
Words near each other
・ ウルム空襲
・ ウルム鉄道愛好家協会
・ ウルメア
・ ウルメア川
・ ウルメイワシ
・ ウルメン
・ ウルモ
・ ウルラ (小惑星)
・ ウルリカ・アルヴィドソン
・ ウルリカ・エレオノーラ
ウルリカ・エレオノーラ (スウェーデン女王)
・ ウルリカ・エレオノーラ・アヴ・ダンマルク
・ ウルリカ=エレオノーラ
・ ウルリク2世 (ツェリェ伯)
・ ウルリクムミ
・ ウルリク・トムセン
・ ウルリケ
・ ウルリケ (小惑星)
・ ウルリケ・グレッスラー
・ ウルリケ・マイフェルト


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ウルリカ・エレオノーラ (スウェーデン女王) : ミニ英和和英辞書
ウルリカ・エレオノーラ (スウェーデン女王)[おう]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [じょ]
 【名詞】 1. woman 2. girl 3. daughter
女王 : [じょおう]
 【名詞】 1. queen 
: [おう]
  1. (n,n-suf) (1) king 2. ruler 3. sovereign 4. monarch 5. (2) king (for senior player) (shogi) 

ウルリカ・エレオノーラ (スウェーデン女王) : ウィキペディア日本語版
ウルリカ・エレオノーラ (スウェーデン女王)[おう]

ウルリカ・エレオノーラUlrika Eleonora, 1688年2月23日 - 1741年11月24日)は、プファルツ王朝最後(第4代)の君主であるスウェーデン女王(在位:1718年 - 1720年)。カール11世デンマーク王女ウルリカ・エレオノーラの娘。ホルシュタイン=ゴットルプフレデリク4世の妃ヘドヴィグ・ソフィアカール12世の妹。
== 生涯 ==
1715年ヘッセン=カッセル方伯世子フリードリヒ(後のフレドリク1世)と結婚、1718年に大北方戦争の最中に戦死した兄カール12世の後を受けて、空位を防ぐために王位に就いた(元々ウルリカ・エレオノーラは、方伯との結婚により王位継承権が無く、空位を防ぐための臨時の王位推戴であった)。しかし大北方戦争はまだ続いていたものの、ロシアとの勝敗は既に決まっていて、スウェーデンの絶対王政も崩壊した。
ロシアとの終戦締結の講和交渉は既に1718年、カール12世の存命中から行なわれていた。当時、講和交渉の中心を担ったのは、カール12世とウルリカ・エレオノーラの甥のホルシュタイン=ゴットルプ公カール・フリードリヒの一派、通称ホルシュタイン派である。しかしカール12世の死により、夫フリードリヒの一派であるヘッセン派が実権を握った。その結果、カール12世の側近でロシアとの交渉を行っていたハインリヒ・フォン・ゲルツ男爵は逮捕され処刑された。これを受けてウルリカ・エレオノーラが女王となったのである。ヘッセン派はロシアとの講和を拒否し戦闘を継続したが、ハノーファーイギリスおよびブランデンブルク=プロイセンとの講和交渉を1719年から1720年にかけて行い、女王の退位後にストックホルム条約として正式に講和条約が締結された。
この結果、スウェーデンはホルシュタイン=ゴットルプ家への支援を打ち切り、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題からも手を引く事となった。同時にゲルツ男爵が処刑されたことにより、ホルシュタイン派の勢力は弱まり、ホルシュタイン=ゴットルプ公カール・フリードリヒはスウェーデン王位継承権を喪失した。そして元老院は絶対王政を否定、1719年から1720年に議会は王権を著しく制限し、議会に権力を集中させる新憲法を制定した。ウルリカ・エレオノーラはこの決定に不満を抱き僅か2年で自ら退位するが、王位継承者は既に議会との取り決めで夫フレドリクに決定していた。すなわち絶対王政の否定と新憲法の制定を条件にフレドリク1世が王位に就任(ヘッセン王朝)、王権の弱体化は決定的になった。
退位から21年後、ウルリカ・エレオノーラはフレドリク1世に先立って死去した。2人の間に子はなかった。
ホルシュタイン派は親ロシア派で、ヘッセン派は親西欧派、事実上親プロイセン派だった。ホルシュタイン派が王位に就けばロシアの属国化は免れ得なかったが、ヘッセン派が王位に就いた結果はプロイセンの属国化であった。それから半世紀にわたり、議会では親ロシア派と親西欧派が抗争を続けてスウェーデンは弱体化し、その没落は明らかなものとなった。ウルリカ・エレオノーラは顔立ちが兄によく似ていたため、カール12世を知る人々はウルリカ・エレオノーラにカール12世の面影を見る思いだったと言われている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ウルリカ・エレオノーラ (スウェーデン女王)」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.